あれから4年、3月11日を迎えて

津波

今回は、おすすめの油を
ご紹介する予定だったのですが、

3月11日ということで、
東日本大震災について
お話しようと思います。

 

2011年3月11日、
わたしはそのとき自宅にいましたが、

自宅の埼玉でも、経験したことの
ないような地震の揺れを感じました。

 

そしてニュースを見てみると、
宮城県が大変なことに、、、、

目を疑う光景でした。

 

すぐに実家の両親に電話をしましたが、
つながったのは10日後。

わたしの両親は無事でした。

※後に知ったのですが、 
 災害時はメールのほうが
 繋がりやすいみたいです

 

この年わたしは、
当時の仕事を辞めたこともあり、
宮城県石巻市で災害復興ボランティアに
3ヶ月ほど参加していました。

 

ボランティアは日雇いの仕事のように、
当日どこに行くか何をするかが
決まるのですが、

幼稚~小学校2年生、そして
高校時代を過ごした石巻市は、
懐かしい場所であると同時に、

変わり果てた姿に、
悲しさと驚きを感じずには
いれませんでした。

 

ボランティアで、
一番最初に派遣されたのが、
川沿いの小学校のプールの清掃。

 

津波で流れてきたヘドロの影響で
底にこびりついてしまった汚れを、
金タワシで落とす作業でした。

 

ちょうど8月だったのですが、
炎天下の中こすり続ける作業は、
結構大変だった記憶があります。

 

ボランティアに参加されていたのは、

遠く九州から参加されていた方

神戸の震災の時に助けてもらったからと
石巻に来た方

毎週末東京から友達を募って
参加されていた方

仕事の長期休暇をとって、
テント生活でボランティアを続けていた方

など、いろいろな方がいらっしゃいました。

 

また、現地の石巻の方からは、
地震や津波にが起きたときの状況や、
人の暖かさを感じるようなお話、
報道されていないような酷い話まで、
たくさんのお話を聞くことができました。

 

ボランティアに参加して思うのは、
現地の状況との温度差。

 

震災があった年でさえ、
11月くらいになると、
かなり風化した感がありました。

 

世間一般では、

もう時間が経ったんだから大丈夫でしょう

って雰囲気もちらほら見えましたが、

被災地では、まだ仮設住宅で生活し、
生活の基盤が整っていない方が
たくさんいらっしゃいました。

 

ちなみに知り合いが、
仮設住宅で生活していたので、
生の話を聞く事ができたのですが、
生活環境はあまりよいものでは
なかったです。

 

そんな仮設住宅は、
震災から4年後の2015年現在でさえ健在で、
以前の環境に戻れていない方がまだいるようです

宮城でも、仙台は早くに復興が進みましたが、
それ以外の街では、未だに復興がすすんで
いない場所もあります。

 

今年宮城県が、東日本大震災で落ち込んだ
観光客数の回復のために宿泊代や交通費を、
半額程度助成するそうです。

参考:http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201502/20150220_11017.html

 

ゴールデンウィークなどの旅行先候補として、
宮城県も検討してみてください。

行く際は、仙台だけでなく、
震災の傷跡がまだ残る石巻や女川
といった街も、是非訪れてみてください。

 

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

credit: dugspr — Home for Good